メルとモノサシ

2020/12/20 14:41



きっかけはイラク戦争

 

高校2年生から3年生になる春休みに、イラク戦争が始まったんですよね。それまであんまり社会のことに興味ってなかったんですけど、たまたま友人が森住卓さんというフォトジャーナリストの「イラク・湾岸戦争の子どもたち」っていう本を貸してくれて。そこで戦争の被害にあった赤ちゃんの写真とかを見て、衝撃を受けたんです。

 

それで、その友人に誘われてイラク戦争に反対する署名活動に参加したんですよね。その頃は世界中で反戦運動が活発になっていて。私は高校生のネットワークに参加して、集めた署名を持って国会議事堂の横の議員会館まで行き、議員さんに渡して…。かなり意識高い系でしたね(笑)

 

その時はすごく純粋だったんです。日本政府が早い段階でイラク戦争に賛成したのは子どもながらにショックだったし、戦争を止めたいなって本気で思っていました。

 

でもやっぱり、署名を集めたり直接的に「戦争反対」って言っても、伝わる人と全然伝わらない人がいるなぁって、自分の伝える力のなさを感じたんですよね。そういう活動を否定はしないけど、「戦争を止める手段として、これって合ってるのかな?」と少し思ってしまって。

 

そんな経験から、JICAとかビッグイシューの仕事にも興味があったんです。でもやっぱり私はジュエリーがすごく好きで、それを生業にするのが本当に小さな頃からの夢だったのでこの道を選びました。





イラクに関わり続けYDYが誕生

 

社会人生活は忙しくて、そういう活動から少し離れていたのですが、かつてイラクに駐在していた日本人の方の写真をお借りして、平和だった頃のイラクの写真展を開催したり、イラクで医療支援をする団体のサポーターをしたりしていて、その中でイラクの医療支援をされている佐藤真紀さんという男性に出会いました。

 

当時はシリアが内戦状態で、佐藤さんの所属する医療支援団体はシリアからイラクに避難した人たちの難民キャンプで、妊婦さんのケアにも力を入れていました。エコー検査やマタニティ講習などをするんだけど、お母さんたちはそれぞれシリアから逃げてきているから、横のつながりがなかったんです。

 

そこで、お母さんたちがサークルみたいに集まれる場所をつくるために、「アクセサリーをつくるワークショップをしましょう」と。これがYDYの始まりです。2015年、私はジュエリー業界の中で一生懸命キャリアを積んでいた頃でした。





社会人をしながらも「中東のために何かしたいな」っていう気持ちがずっとあって、でも署名とかデモとかをしたいわけじゃなくて、何かできないかなって思っていたときだったんです。医療のことはわからないけど、アクセサリーづくりのことならわかるからいいパフォーマンスができそうだな、と。

 

ずっと自分の中にあった2つの軸、「中東に関わりたい」っていう気持ちと、生業である「ジュエリー」が、YDYで合流したんです。



ジュエリーのキャリアをいかして

 

私は現地には行かずに、Facebookのメッセンジャーを使ってデザインや技術のディレクションをしています。向こうに英語を話せるシリア人スタッフがいるので。私が実際につくる様子を撮影して「こうしてね」って送ったり、「この作業にはどのくらい時間がかかるの?」って工賃を決めるために聞いたり。

 

YDYをやっていく中で感じたのが、「別にすごい人にならなくてもいいのかな」っていうこと。仕事を辞めてイラクやシリアの難民キャンプに行って泊まり込みで技術指導をするとか、家族を置いて紛争地に行くとか、そういうヒーローみたいな人になれないっていうコンプレックスがずっとあったんですけど。社会人をしながら、専門知識をいかして自分にできることをする、それでいいのかなって。

 

3年目ぐらいからは大阪や神戸のフェアトレードショップに置いてもらえるようになって。少しずつ日本の流通に乗せられるようなものができてきました。

 

やっぱり、ものを見て「可愛いな」と思って、そこからイラクやシリアっていう国を知ってもらうのはすごく自然だなって感じています。去年かな、イランがアルビルっていう難民キャンプがある地域にミサイルを飛ばしたときに、普段そういう社会的な会話をしない友達が「イラクとかアルビルって、ゆきちゃんの活動しているところやろ?大丈夫やった?」って心配してくれて。物なり人なり、間に何か一つあるだけで、ちょっと身近に感じられるんだな、なんかいいなって思いましたね。




独立を機に、新たな形を目指す

 

ただ、情勢も変わってきて今は医療支援を優先するということで、このワークショップができていなくて。コロナのせいで物流が途絶えてしまったこともあり、2020年は完全に中断状態です。実は私がジュエリー職人として2021年に独立をするので、これからは新しい形で、できるだけ現地の人とダイレクトに連携しながらYDYを一事業としてやっていきたいなと思っています。

 

これまでのつながりのご縁で、シリアのラタキアという町で活動するアーティストを紹介してもらって、その方の絵がすごく気に入って。今、新しいプロジェクトとしてその絵をプリントしたストールをつくっています。未知の分野だけど、ストールは広い意味でアクセサリーですから(笑)クラウドファンディングやイベントでお披露目して、2021年の春には商品化するつもりです。




友人が勤める繊維メーカーに生地や染色会社を手配してもらったり、私の家のご近所の障がい者作業所さんに縫製を依頼したりして。商品を販売するときには、できる限り関わった人たちのことをオープンにしたいです。つくり手が見えるってお客さんにとっても嬉しいと思うので。そういう、いい挑戦をしたいなと思っています。



商いは文化を交流させる

 

いとおしいなって思うのは、商品が人と人をつなげてくれるところ。シリア難民の女性だったり、この絵を描いたアーティストだったり、ものを通して人がつながっていくってなんかいい。いとおしいですし、YDYで大事にしていることです。

 



この絵があったから繊維会社さんに相談して、その会社がいい印刷技術を持っている別の会社を探してくださって。縫製をお願いする作業所さんも、この絵がなかったら出会えなかった。それはきっと、未来のお客様もそうですよね。

 

商いっていうのは文化を交流させる行為だと思っていて。商いを通じて人と人がつながるし、「こんなものがあるんだ、買ってみよう」というのは、人が持っているすごく文化的なところ。だからそこを大事にしていきたいです。








 

Yuki

大阪府生まれ。海外でジュエリー制作の修行を積み、ジュエリーメーカーで会社員として働いたのち、2020年よりジュエリーデザイナーとして独立。並行してシリア難民女性やアーティストと日本をつなぐアクセサリーブランド「YDY」の代表として企画・ディレクションを行う。





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「あの日、平和を願う"高校生の彼女"と"小学生の私"が出会った気がする」