2021/12/17 10:28
鹿という生き物に、あなたはどんなイメージを持っていますか?
神聖な生き物として描かれる映画の中や、直に触れ合える観光地でのイメージが強いかもしれません。しかし今の日本では、鹿は畑を荒らす“害獣”として問題となることが多く、年間約60万頭の鹿が駆除され、そのほとんどが廃棄されているのが現状です。
革小物作家の松木真麻さんは、2020年にジビエ鹿革のブランドENISICAをスタート。野生を生き抜いた鹿の革を「風土の贈りもの」ととらえ、鹿のありのままの姿をバッグや小物に映し出すものづくりをしています。
写真を見るだけで「さぞ、やわらかいんだろうな」とわかり、今すぐ触れたくなるENISICAの小物たち。鹿の生きざまを心から愛する松木さんは、この表情をどのように生みだしたのでしょうか。
きっかけは盗まれた財布
松木さんが革小物をつくり始めたのは、グラフィックデザイナーとして東京で働いていた20代の頃。お気に入りの革の財布を盗まれてしまい、その後探してもいいものに出会えなかったため「つくってしまおう」と考えたのがきっかけでした。
生まれ育ったまちや母親の影響で、ものをつくることが身近で、好きだった松木さんにとって、それはごく自然な流れだったそう。やがて本格的に革職人のもとで手縫いを習いはじめ、本業の傍ら、ネットでオーダーを受けて製作をするように。2015年に地元・神戸へ戻ってきたことを機にオリジナルブランド「育てる革小物®️」を始めました。
その作風においても、原点は盗まれた財布です。
「結構長くつかって、いい味が出ていたんです。艶が増して色が変わって、愛着が湧いてきた頃に盗まれて……。当時は革のことをよく知らなかったけれど、それが、イタリアンレザーの“植物タンニンなめし”だったんですよ。知り始めると、自分は昔から植物タンニンなめし=色が変わっていく革が好きなんだ、と。コンセプトと一体化したブランド名にしました」(松木さん)
「こういうのがあったらいいな」と感じるおもしろい形をまずは絵に描き、それからつくり方を考えるのが松木さんのやり方。昔から好きだったおばあちゃんの鞄や、古着屋さんで見るようなレトロな革小物から学んだものがデザインに表れています
やわらかさを求め、鹿革と出合う
松木さんが好んでつかってきたのはイタリアンレザーという、表面がツルッとした硬い革でしたが、「やわらかいものもつくってみたいな」と探し見つけたのが、兵庫・たつの市にある鹿革のなめし工場。鳥取の鹿肉加工業者から、これまで食肉活用しかできず廃棄していた鹿の革を引き受けています。
「鹿が軽くてやわらかいことも、害獣駆除されていることも知っていたから、どこかでつくっていないかなと検索して見つけました。実際に見に行ったらすごく柔らかくて、しかも植物ではないけれどタンニンなめしだったんです。合成タンニンという農業用のリンで、人間には無害、水もそのまま流せて、土にも返る革だとわかり、コンセプト的にもこれがいいなと」(松木さん)
革らしさを売りに、傷も見せる
鹿革は、日本でははるか昔からとても身近なものだったそう。雑巾がわりだったり、刀の持ち手だったり、足袋だったりと、用途はさまざま。東大寺の正倉院に千年以上保管されているものは、牛馬の革より柔らかい状態で残っており、その耐久性は折り紙付き。軽くてやわらかくて頑丈、という素晴らしい素材を前に、松木さんは“鹿革らしさ”を売りにしていきたいと考えました。
「今、日本の革は化学物質をつかった効率量産型のなめしが主流です。青く染まった上にペンキのような顔料を塗るので、革の傷が隠れて見えない。だから傷がダメっていう売り方ができてしまったんです。質の高いヴィーガンレザーも多く出てきている中で、革の良さってなんだろう?と考えたとき、 私が大事にしてきた“革らしさ”を全面に出していく路線がいいかなって」(松木さん)
捕獲寸前まで野生を走り回っていた鹿の革は、当然ながら傷が多く、ムラがあるのが特徴です。それを「風土の贈りもの」というコンセプトのもと、ありのままつかい、最初から味のあるようなバッグをつくることに。革が丈夫すぎてミシン目の方が弱くなってしまうので縫い目を少なくし、ただでさえコンパクトな鹿革をなるべく切らずにシンプルにつかうことを意識してデザインを考え始めました。
鹿ゆえの色やアフターサービス
松木さんは色づくりにもこだわりました。ENISICAではホンシュウジカという品種をつかっていますが、害獣駆除の対象になっている鹿は全国に6種。北海道から沖縄まで、鹿たちの生息する地域の気候や風土をそれぞれ色で表現し、ENISICAのカラー展開とすることにしたのです。例えば「紅杉」は、屋久島に生息するヤクシカのかわいらしさや、屋久杉の内部に潜むエネルギーをイメージしたピンク。絵具をつかい熟考の末に生み出した色です。
また、製品としての役目を終えても、革の寿命が尽きるまで愛着を持ってつかってもらうために、別製品への仕立て直しサービス「Re:仕立て」も考案。バッグには「Re:仕立てカード」が付属し、商品ごとに革の面積の単位「デシ」で仕立て直し可能なサイズが表記されています。
こうして2020年に始まったENISICA。最初の品揃えは「ニシカバッグ」「ハンシカサコッシュ」「シブシカクラッチ」「リンシカコインケース」でした。お気づきですか?そう、何頭分の鹿革をつかっているかがわかるというユニークなネーミングです。
知るほどに愛着がわく、鹿の生態
鹿の革を扱い始めたことで、鹿の生態にも興味がわいてきたという松木さん。本を読んだり、周りの人から話を聞いたりする中で、鹿への愛着や尊敬の念が日に日に増していくと言います。
「鹿って大人しくて静かで優しい顔をしているけど、畑で新芽のいいところだけを食べたり、木の皮を食べたり、めちゃくちゃに食べ尽くすんです。だから害獣扱いされてしまう。それだけいいものばかり食べてるからこの革があるのかなと思うと、かわいいな、すごいなって。
それに、生きることにすごく貪欲。鹿のオスが撃たれるとかえって繁殖力が高まるらしいんです。だからオスは撃ってはいけないという説もあるほど。めちゃくちゃ生きたいんやなこいつ、って思って(笑)この、ただただ生きようとしている感じ、生きることに必死な感じは、今の時代、参考になるかもしれないですね」(松木さん)
鹿肉も好んで食べるという松木さんは、ENISICAの催事販売で全国を回る際には各地の鹿肉を堪能しているそう。鹿の革でバッグをつくることは、革だけでなく食材としても「もっと鹿を知ってもらいたい」という思いを募らせます。
松木さんの口から語られる鹿への思いを聞いてから、改めてENISICAのバッグを触れると、そのしなやかさや表面の小さな傷やムラから、一頭の鹿が生きることに捧げた情熱のようなものが伝わってくる気がします。それは、私たち人間だって本来、きっと持っていたはず。
今の時代にこそ、生きるためのエネルギーをもらいながら、愛でていきたい革小物。そんな印象を抱いています。
Maasa Matsuki
神戸にて工房兼ショップ「育てる革小物ma-sa」を営む。長くつかうほどに愛着の増すものづくりを心がけ、素材選定からデザイン、パターン製作〜裁断〜漉き〜縫製〜縁磨きまで、手作業で行う。2020年、ジビエ鹿革の上質なバッグブランド「ENISICA」をスタート。
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